ビジネスの現場におけるデザインとは
土屋雅義 元ソニーデザインセンター長 現東洋大学教授

by twistdesign
東洋大学情報連携学部 土屋雅義教授

第4回は、第3回に引き続き、デザイナー、デザインマネジメントのプロフェッショナルとして国内外で活躍された元ソニー株式会社クリエイティブセンター(デザイン部門)のセンター長で、現東洋大学情報連携学部教授を務める土屋雅義先生にお話しを伺います。モノの価値、コトの価値、そしてキモチの価値が重要視され、テクノロジーの進歩によって問題解決の手段をAIなどに任せられる時代となったいま。社会や価値観の変化にともなって、新しい価値を創出するデザインが求められてくるようになりました。では、企業はデザインをどう活かし、どうビジネスに役立てていけばよいのでしょう。デザインマネジメントはどうあるべきか、土屋先生に伺いました。

―日本のモノづくりや商品開発には何が求められているのでしょうか。

前回お話したように、「モノ」のデザインだけでは難しいでしょう。これからは、モノのデザイン+サービスのデザイン+提供するコンテンツのデザインといった、一連のしくみが効率的に流れるシステムのデザインまでを行わなくてはなりません。そのためにはICTが絶対に欠かせないソリューション。この一連の仕組みづくりを一つの企業でやるのは大変なことなので、システムの構築に強い会社を巻き込んだり、コンテンツ制作のプロと協力したり、ICTの技術面を外部にサポートしてもらったりと枠組みをうまく作り上げることが勝負です。日本にも、こうしたプラットフォームづくりに成功している企業がいくつかありますね。ですが、大きな組織が全部を取り仕切らなければならないわけでもないのです。もしかしたら、中小の会社がうまくつながっていくしくみさえあれば、それでよいのかもしれません。さらに言うと、何も日本だけでつながる必要も全然ない。日本のモノと海外のサービスやコンテンツをうまく連動させることだって解決策の一つかもしれない。そういう意味では、日本という枠組みに必要以上に捕らわれる必要はないでしょう。
ICTシステム

モノづくりの仕方には、イノベーション型とインサイト型の2つのタイプがありますが、イノベーション型のモノづくりを増やすことも大事です。イノベーション型は、世にない新しいモノをつくる方法。インサイト型は、すでにあるビジネスのベースから消費者の潜在的なニーズを分析しまとめる方法。実際、世の中の商品はほとんどがインサイト型です。ちゃんと理詰めで商品を企画することでリスクは低いですが、競合も参入しやすく薄利多売になりがちというデメリットがあります。逆にイノベーション型は、ハイリスクハイリターン。過去にないモノを作るので、企画者のセンス、経営者の判断力に左右されてしまうというのが特徴ですが、当たると大きい。いま日本で求められているのは、次の世代を作るイノベーション型の商品であって、薄利多売でユーティリティ的な商品だけではいけません。もう少し新しい切り口のものを生み出していくことが必要でしょう。インサイト型で、他社の研究をしながらお客さんのニーズを探っていくモノづくりは安心だけど、大当たりはありません。無難なモノづくりに固執していては、イノベーションは起こらないのです。
イノベーション型・インサイト型

―デザイナーは、そうした商品企画にどうかかわっているのでしょうか。

まず、イノベーション型の商品においては世の中にないものを作り出すアイデアが必要になるので、デザイナーの発想力、着想が求められます。市場調査で需要が拾い上げられないものなどは、発想力で勝負するしかありません。いっぽうで、インサイト型はデザイナーの表現力が付加価値を生み出します。調査で根拠を得て需要予測が立った企画のイメージは、デザイナーが何らかの形にすることで具体化し、そのよさがアピールできるのです。イノベーション型とインサイト型で、それぞれデザイナーの能力の使いどころがちょっとずつ違う。もちろん、イノベーション型でも最終的にモノという形に落とし込まれて世の中にリリースされる段階では、デザイナーの表現力が必要になります。ですが、実はその前の企画段階で、デザイン的な考え方が必要となるのです。

―いわゆる、デザイン思考ですね。

そう、デザイナーらしい考え、発想、着想、ソリューションの方法をいかにビジネスに流用できるか、というものがデザイン思考として認知されていますね。デザイナーが普段やっている作業、思考回路を改めて確認してみましょう。

まず、五感を通して色々な情報がデザイナーに入ってくる。それが蓄積されると知識や経験になる。それが研ぎ澄まされてくると、センス、あるいはその人の意志になり、それはやがて個性となります。そこにまた新たな情報が入る。以前の情報や、蓄えられた知識、自分のセンスや個性に照らし合わせてみることで、新しい情報に対して違和感を覚えたりすることがあります。この違和感というのが、いわゆる問題発見、気づきになる。デザイン活動においてこの気づきというのは頻繁に出てくる感覚です。その気づきが、「こうあるべきだ」というイメージを想起させる。それがアイデアになります。これは、別の言い方をするとアブダクション、いわゆる直感的な仮説の推論です。これはもう論理的・理屈ではないひらめきで、それをデザイナーは表現したくなる。スケッチ、模型、プロトタイプ、ムービーなど色んな形で表現します。そうしてコンセプトが生まれます。企画や商品の根底にある考え方や思想、こういう風にあるべきだという考え方ですね。このコンセプトと試作品ができると、それらを検証してきます。いわゆるPDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)サイクルというものですね。自分のなかで収まりきらなくなると、協力者の意見も取り入れられます。こうして何度も改善を繰り返すなかで、新しいモノが生まれるのです。そして、それを社内役員や販売店、ユーザーに伝達していきます。
デザイナー的創造法

発想からソリューションを導き出し、プレゼンテーションまでするというこの一連の作業が、デザイナーが普段やっている仕事です。このやり方がイノベーションを生み出すきっかけとなるのではないかということで、注目されたのがデザイン思考。実際のところ、判断力とセンスがどう育つかによるところも大きいので、デザイン思考をしたからといってよいものが生み出せるとは限りませんが、少なくともアイデアがたくさん出てくるという点では意味があるといえるでしょう。

―判断力やセンスに限界がある場合、どうすればよいのでしょうか。

論理を司る左脳と感覚を司る右脳という考え方がありますが、デザイナーは、右脳の人間と表現されます。直感的で、ゴールは進めながら考えてインスピレーションで探求する、柔軟で曖昧なプロセスをとる。あまり決まりを作らず自由にやるのです。片や、論理的な左脳というのは、ゴールを設定しファクトを集めて分析。明確で構造的なプロセスを好みます。左脳的な思考は、着実にものごとを進めるために必要となるので軽視すべきではありませんが、これだけでは新しいものが生み出せません。一人が両方できるのがもちろんベストですが、それができないのが通常でしょう。そうなると、いかに右脳派と左脳派の人達が一緒に仕事ができるか、というのがカギとなります。専門外だからと興味を示さないのではなく、お互いがお互いを理解して、歩み寄って話をすること。ビジネスの話、そして技術とデザインというものを一緒に考えることが必要です。世界的に成功しているグローバル企業は、ビジネス、技術、デザインというそれぞれの専門性の融合という面でバランスがよくとれているのだろうと思います。
左脳と右脳

それから、右脳のクリエーションの世界では「見えない化」というのが重要です。前回、デザインは文化であるとお話しましたが、セオリーやテンプレートなどがカチッと決められていて、左脳的な誤差を許さない「見える化」の企業では、創造性が制約され柔軟な発想を生み出す隙間がない。文化はルールのなかで育たないのです。ある程度、グレーで曖昧な部分、遊びの部分を残しておく「見えない化」をすることで、気づきやひらめき、センスが発揮される機会が広がります。全てを白日の下にさらして細かいチェックを逐次行う「見える化」ではなく、いかにグレーな部分を増やせるかというのがマネージャーの仕事でもあるといえますね。特にデザインの世界だとそう思います。柔軟な想像力センスが育ちやすい環境づくりが大切なのです。

―ソニーのデザインセンター長だったとき、どんなことに気をつけてデザインマネジメントをされていましたか?

私が大事にしていたのは主に製品開発、人事、事業計画・運営、ブランドの4つです。まず、製品開発。これはマネージャーとしては実際には個別製品デザインはしないので、みんなが新しいものを作れるような環境やしくみをどうやって整えるかという面における製品開発です。そしてチームですから、人が大事。それを活かすクリエーター集団としての人事の仕組み作りはとても大切です。そして、もっともウエイトが大きかったのがブランドです。ソニーらしさとは?ソニーをどうやって伝えるか?ソニーのイメージを今後どう変えていくか?ということを常に考えていました。それがあってはじめて、製品戦略や人事戦略、事業計画があるといってもよいほどプライオリティが高かった。ブランドというのは、企業がこれからやっていこうとしているビジョンやミッションを表現する手段であり、経営そのものです。企業が社会に対して今後どうあるべきかを表明するもの。また、ランドというのは会社にあるのではなく、生活者側がどう会社を見るかということです。会社側がやっていきたい方針と世の中の人のもつメージをマッチさせなければならない。そのため、ブランド戦略は経営戦略そのものだと言えるでしょう。会社の経営戦略と直結するようなブランドの中にプロダクトがあって、プロダクトにはブランドを反映する思想が込められている。それを最終的に商品という形でデザインし表現する。こうした戦略としてのデザイン活用を強く意識ながら、全体のマネジメントを行っていました。

―企業やビジネスにおけるデザインやデザイナーの役割とは何でしょうか。

デザインは、企業の持っている技術であるシーズ(Seeds)と消費者のニーズを結びつけ、組織と市場の強力なリンクの役割を担います。いま世の中では、個々のキモチをベースにしたビジネスが主流になってきているので、会社という限られた組織のなかではなく、世の中の普通の生活者の中にたくさんのニーズやアイデア、イノベーションのネタが無限に存在しています。そうしたニーズを拾い、企業の持つシーズと結びつけるのがデザイン。インスピレーションと機会、その両方をもたらす原動力となるのです。もちろん、ニーズに対応できるだけのシーズの力がないといけないので、これからは、ニーズを発見して技術と結びつける力と、その会社の持っている技術力そのものが競争の要となってくるでしょう。

そして、特に大事なのが、デザインは企業内部を連携させ、結びつける役割を担うということ。例えば、新しい製造技術ができた、新しい半導体ができたといった内部の最新情報を常に把握し、それを使ってこんなことができますよと表現したり、商品化までもっていったりするのはデザインが担うところです。新しい研究開発や、販路、人材、アイデアなど、会社のなかの動きをうまく最適化し、商品やサービスという形にまとめ上げることができる。ですから、デザインには会社のなかのすべての情報が集まりやすくしなければいけないし、情報が集まることでよい商品が生まれるしくみそのものを構築しなければならないのです。
デザインと関連組織

ブランドという観点から見ても、デザインはユーザーに対するすべてのタッチポイントにかかわれる存在です。商品のデザイン、宣伝広告やWEBサイトのイメージ統一。カタログの制作。場合によってはコールセンターでの問い合わせ対応まで、どういった表現がその企業らしいかをデザイナーは考えます。タッチポイントにユーザーが接したときに、どのポイントにおいても目指す会社のイメージが混乱なく伝わるようにして、ブランドイメージの整流化をはかるのがデザインの役割です。

また、プロセスの改善という意味でもデザイナーは作業の効率化に寄与します。設計が始まり、金型を起こして工場が稼働しはじめると大きなコストが動きますが、その前のデザインの段階で入念に検証を重ねることでリスクは大きく軽減します。企画書や計画書では分からない、実際に見てみないと判断がつかない部分をデザインの力がフォローし、正しい経営判断へと導く。デザイナーが、生産プロセスの上流に入ることによって、コストや時間の面で、全体の効率化が図れるのです。いまは、コンカレントで色々なものが動く時代ですから、いかに短時間でビジョンを共有し効率的な合意形成ができるかが大事になってくる。書類を並べられるよりモノが一つあればそれだけで分かりますよね。プロトタイプとかビジュアライズはすごく大事。「百聞は一見にしかず」はデザインのためにあるような言葉です。デザインというのは、経営のディシジョンメイキングのプロセスにおいても非常に役に立つのです。

要するに、デザインとは、さまざまな要素を集約し表現するビジネスツールであると言えるでしょう。一つのデザインを仕上げるために、デザイナーは、会社の経営戦略、商品に使われる技術、企画の方針、材料やコストに至るまで、幅広い理解が必要になります。設計や製造、販路によってデザインテイストが変わるかもしれないし、販売店の店頭の様子、広告宣伝に影響を受けることもあります。アフターサービスで修理のしやすいデザインが求められる場合もあるかもしれませんね。とにかくいろんな要素がデザインに影響します。会社のなかのそれぞれの部署、それぞれの役割の人達のあらゆる背景をまとめて商品デザインをしていかなければならない。デザインには会社の実情がすべて集約されるんです。逆の考え方をすれば、デザインを通して会社の問題点が発見できる。デザインは商品作りのプロセスでありながら、会社の体質を改善できるきっかけにもなります。そういう意味で、デザインはビジネス判断のためのわかりやすいツールになるのです。
企業デザインとは

―なるほど。デザインが企業において果たす役割をきちんと理解し戦略として取り入れることで、デザインは強力なビジネスツールとして活用できる。そしてそれが、次の世代を作るイノベーションを生み出すきっかけとなり得るということなのですね。

いま、多くの企業がデザインの価値を見つめ直し、新しい取り組みにチャレンジしようとしています。本サイトをプロデュースしているGUMの歯磨きで有名なサンスターが、『「お口」「カラダ」だけではなく、「生活空間」から健康に。』というテーマを掲げ、『カラダがよろこぶ空気。』をコンセプトとした空間脱臭除菌機『QAIS -air-』を発売しました。こうした取り組みをどう思われるでしょうか。

オーラルケアを始まりとして、カラダ、生活空間、人びとのライフスタイルのサポートと展開していく大きな流れをつくろうとしていることは前向きでよいことだと思います。ドラッグストアで見るサンスターのブランドイメージはとてもポジティブで、一般の消費者もおそらくそう感じているでしょう。特にGUMブランドは相当強いので展開力としてポテンシャルのある企業だと思います。そういったすでにあるブランド資産をどういう風に活かすか、いろんなアイデアを出し、取り入れていくことで可能性は大きく広がっていくでしょう。ユーザーの価値観や社会のしくみの変化をうまく取り入れていていくことで、人の気持ちに寄り添う商品づくり、サービスまでを含めた次の時代を築くライフスタイルを、デザインの力もうまく活用しながら提案、提供してくれることを期待します。

土屋雅義[Tsuchiya Masayoshi]
1974年、ソニー株式会社入社後、テレビ、ビデオ、オーディオ関連商品のデザインを担当。
ヨーロッパ、アメリカのデザインオフィスマネージャー、ソニーマーケッティング株式会社広告宣伝部門長を経て、2011年からソニー株式会社VP / クリエイティブセンター(デザイン部門)センター長を務める。
2014年、ソニー株式会社を退職後、ツチヤデザインコンサルティングを開業。
2016年からは、東洋大学情報連携学部教授として教鞭も執る。
国内外デザイン賞受賞多数。

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