クリエイティブ最先端の国のデザイン産業とは 
石川俊祐. KESIKI Partner 元IDEO Tokyo Design Director

by twistdesign
石川俊祐氏

「デザイン思考は一部の人のためのものではない。僕らはみんなデザイナーになり得るんです。」
そう語るのは、KESIKI INCのパートナーであり、デザインコンサルティングファームIDEO Tokyoの立ち上げに従事したことでも知られるデザイナーの石川俊祐さん。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーティンズを卒業後、パナソニックデザイン、PDDイノベーションUKなどを経て、2013年、イギリスから日本に拠点を移しデザインディレクターとして数々のイノベーションプロジェクトを成功させてきました。日本の企業や教育機関、そして私たち一人ひとりに向けて「本当のデザインとは何か?」「日本人にとってのデザイン思考とは?」というメッセージを発信し続けている石川さんに、デザインの持つ力とその本質についてお話を伺います。第5回は、石川さんがデザインを学ばれたイギリスにおけるデザイン教育と、クリエイティブ産業について。そして次回第6回は、今後の日本においてのデザインの未来について、ご意見を頂きます。

―石川さんの出発点は、イギリスだそうですね。

一度日本の大学に入学したのですが、何か合わないなという居心地の悪さがずっとあって、数ヶ月で大学をやめてイギリスに渡ったのがはじまりです。なぜイギリスだったのかというと、純粋にイギリスの音楽が好きだったりとか自由で豊かな文化に惹かれたりとか、どこか直感的なものがありました。伝統を重んじながらもパンクな側面が垣間見える独特のカルチャーに魅力を感じたということもあります。古いものと新しいもの、両方を受け入れて、人びとや物事がうまく共存している。歴史的なものを大事にしながら、経済合理性も追求する。そういう実直さみたいなところが魅力的に思えて。

イギリスは、とても幅広い意味でデザインを捉えていて、クリエイティブ産業が盛んです。彼らは、デザインから、アート、音楽や建築、インテリアなど、すべてひっくるめて「人びとのクリエイティビティ」というまとめ方をする。そしてそれを国の産業として世界に輸出しています。日本だと、それらはバラバラに存在していて、境目があるでしょう。イギリスではその垣根がない。そして、イギリスでクリエイティブ産業と言うと、金融と同じくらい国に貢献しているという見られ方をしています。だから当然デザイナーやアーティストは、弁護士や医師のように「高い専門性を持った仕事の人」という捉え方をされている。彼らがちゃんと国力の一端を担っているからです。クリエイティブというものがごく自然に国のなかに存在していて、アートも生活の一部。散歩のたび花を見に行くような感覚で、当たり前に音楽やオペラ、ミュージカルに触れられる日常がそこにはあります。古さと新しさの共存も素晴らしい。建物は全部古くて街並みは伝統的なんだけど、家の中はフル改築されて近代化されている。行って暮らしてみると本当に面白いですよ。とにかく、新しいものを生み出す能力が高いんです。クリエイティビティが大事だという教育がしっかりなされており、志の高い多くの留学生を受け入れて、新しい文化的価値をどんどん発信していく。同時に、古きよきものもきちんと大事にする姿勢を決して崩さない。これは国の美意識なのか、きっと彼らの誇りでもあるのでしょう。伝統とパンクな思想がすごく面白いバランスで共存できている。それがイギリスの魅力です。

―進学先は、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins:以下CSM)を選ばれたんですね。

イギリスのなかでも特にロンドンは、世界でも有数の教育立国みたいなところです。ロンドン芸術大学というのは、アートやデザイン分野に特化した6つの大学の集まりを指すんですが、そのうちの1つがCSMです。世界的に有名な彫刻家、ファッションデザイナー、ミュージシャンなど、数々の著名芸術家を輩出しています。イギリスはデザインやアートの教育が充実しているので、本当にたくさんの美術大学や芸術大学がありますけど、日本と同じでちょっとずつ毛色が違う。自分で手を動かしてどんどんものを作る工業系のところから、世の中にイノベーションを生み出そうといったコンセプト系アート寄りのところまで幅広い。それで言うとCSMは非常にコンセプショナルな学校で、僕はそのなかでアート&デザインを学ぶコースを選びました。

僕のいたコースは1クラスに60人、30か国くらいから集まっていて、イスラエル、フランス、ベルギー、北欧、韓国、台湾、中国、日本、アメリカ…と、各国から人が来ていた。みんな自分の文化的な背景をもとに、自分が正しいと思う発言をし、自分が新しいと感じるデザインをアウトプットしていました。ナショナリティが違うだけで、多様性ってこんなに簡単に実現できるんだと当時は驚きましたね。言葉一つとっても、これが正しいということが成立しにくい。例えば、シンプルという言葉。日本では、シンプルな家具と聞くと、まっすぐな線が特徴的な四角いプロダクトを想像しますよね。しかしイタリア人は、曲線を多用したものを思い浮かべる。彼らは、曲線も自然のなかに存在する線だから、すごくシンプルなんだと主張するのです。シンプルなものをデザインしようとして、シンプリシティについて議論をしはじめると、まるでかみ合わない。しまいにはある種の気持ちよさというか、清々しささえ感じました。僕にとってのシンプルと、イタリア人にとってのシンプル。そのどちらも正解で、認め合うほかないんですね。言葉の意味するところは、それぞれの国のコンテクストやカルチャーと深く結びついているので、その背景が違えば、これが絶対に正しいということはないのです。それを理解した瞬間に、みんな自分の表現がすごくしやすくなる。自分は、こういう文脈において、こういう意味で、こういう表現をしたいという風に、ある意味すごくロジカルなデザインができるようになります。

海外の、陸の上で国がつながっているような地域では特に、自分たちが何者なのかという強いアイデンティティや、自分たちが大事にするべき確固たるカルチャーというのがしっかりと存在します。デザインは、その文脈を理解したうえでなされるべきであって、ユーザーにとって意味のある商品を生み出すためのものでなければなりません。結局は、「人」に紐づいてくるんです。デザインするその先にいるユーザーが、商品に込めた意味をきちんと理解できるように、デザインというのはロジカルになされなきゃいけない。多様性に富んだCSMでの学びは、そうした感覚を身に着けるのには素晴らしい環境だったと今でも思います。

―日本は異文化に対する受容性が低く、多様性が乏しいとされていますよね。

日本は文化的なぶつけ合いをすることがないですからね。デザインは論理的でないと思われている風潮もありますし。実際、何となくステキな見た目なものを作るというデザインが多くなされてしまっているのも事実です。60人のうち、60人が日本人という環境だと、多様性が生まれにくいでしょう。自分なりの軸とか価値観を育てにくいのはもったいないなと感じるところです。多様性が乏しいと、「よいデザイン」というものに対してのヒエラルキーができてしまう。それは絵が上手いということだったり、直線的なラインが何かシンプルでいいよね、という限定されたコンテクストだったりとベースはさまざまですが。最終的に「流行るもの」が、正しさとして理解されてしまう。トレンドにのったものがよいデザインであるという風になりがちで、そこには「人」に紐づくロジックや議論が抜け落ちている。イギリスにいるときは本当に多様な環境だったので、みんな自由な発言がしやすかった。デザインについても表層的な話ではなくて、成熟した議論がなされることが多かったと思います。

―逆に、他者との違いに戸惑ったり反発したりすることはないのでしょうか。

だんだんと、主張を理解していくようになります。違うというのを理解し合う。相手を否定する必要はないし、自分は自分だし、という風にお互いを認め、受け入れる文化が育まれる。あまりに違うと、お互いに学び合えるんですよ。僕が知っていた工業デザインの枠組みでは、自然を観察して得た曲線の着想をデザインに活かすという発想などなかった。おそらくそういう家電って当時は日本にもなかったんじゃないかな。日本では工業製品として工場で作りやすいものづくりが主流でしたし。それが当たり前だと思っていたなか、まったく違った視点を持ってよいんだよという教育をイギリスで受けたわけです。のびのびとアイデアを出し合う人達に囲まれて、新しい価値感に出会って、これは本当に目から鱗の体験でした。

思えば、デザイナーは画が上手くなくてはいけない、というような考え方もなかったですね。デザインするうえで大切なことは、とにかく自分で形を作ってみるということ。手を動かして作って、立体のものを形に起こす。本当にリアルなものをちゃんと手で作るということで、それが美しいのかどうかを問うのです。

これはデザイン思考の基本と言えますね。デザイン思考の大きな誤解の1つでもあるのですが、デザイン思考というのは「作りながら考えるという思考法」ということであって「一生懸命考える」、ということではないんです。まず作ってみようとか、作ってみなきゃ分かんないよね、というところが出発点。分かりやすい例ですと、料理と同じです。僕は料理が好きでよくするんですけど、この料理のコンセプトはこうで、こういう調味料と材料が入って美味しそうだよね、っていくら考え続けてもちっともよいものは作れない。とりあえずやってみたら?となりますよね。美味しくないかもしれないし、うまくできないかもしれない。ビジネスにおいては、そういう挑戦をどれだけスピーディーにできるかが重要になります。実験するカルチャーを持たないと、デザイン思考というのは成り立たない。会社にいると、それって本当によいアイデアなの?とかその商品が欲しい人って数値的に何万人いるの?というような話によくなると思うんですけど、正直そんなの作ってみるまでなかなか分からない。実験できる環境を整えて、実験の仕方をどうデザインするかを考えなければならない。そうしないと新しいプロダクトも、美味しい料理も、イノベーショナルなアイデアも生まれにくい。

デザイン思考というのは実はとてもシンプルな話。僕は、昔からシンプルな関係性にいつも憧れていて、1対1の関係性のなかで、喜ばれたことに対して対価を得る仕事などが分かりやすくていいなと思っていました。美味しいものを作った相手からお金を貰うとか、誰かのために家を作って対価を得るとか、分かりやすくて気持ちのよい充実感がある。いま、僕は同じ気持ちを持ってデザインで世の中を変える仕事をしています。大切なのは、目の前の人一人が本当に喜ぶものをきちんと作れるかどうか。そういうレベルで思考を深めていくと、目の前のお客さんにとってよいものが、ほかの大勢の人たちにとっても非常によいものになったりする。多様性を認めながら人に寄り添い、潜在的な課題を解決するためのロジカルなデザインをすること。このプロセスが身に着けば、デザイン思考は誰にでもできるんです。

―石川さんは、イギリスのデザインスタジオに在籍されていましたが、イギリスのデザイン産業の特徴について教えてください。

仕事の進め方として特徴的なことは、大きく分けて3つあります。1つ目は、まずそもそもの根本的な問いに立ち返ることができるということ。つまり、人に立ち返るということです。何のためにそのプロダクトつくるの?というフォーカスがきちんと人に向いている。単純に世の中に消費されるためだけの、売れるためのものをつくるという思考でデザインをしません。もちろん要素としては入ってくるんだけど、本当に人にとって必要なもの、ちゃんと使われるものであれば人びとは必ず買うはずである、という考え方をする。順番がまず違うんです。人間、あるいは自然がはじめにきていて、それにとってどういう価値があるのか、本当に必要なものを作るにはどうしたらよいかというところにまず立ち返る。これは、外部のデザインコンサルファームだからできたことかもしれないですね。
2つ目は、プロジェクト単位でチームが構成されるということ。このときチームには、多様な文化、バックグラウンドを持つメンバーをバランスよく集めます。デザイナーや心理学者、エンジニアや建築家などがプロジェクトチーム化する。そしてチームとしてのゴールをきちんと共有したうえで、はじめからおわりまで一緒にずっと並走していきます。そうすることでゴールがブレないし、ただ売り上げだけが重要みたいなことにもならない。使い勝手や美的なデザイン、文化的な価値やブランディングなど、さまざまな論点を議論しながらチームとして課題解決に取り組んでいきます。

3つ目は、コラボレーションの作法でしょうね。これは多様性と表裏一体と言えますが、他の職能の人達を認め合う文化がイギリスではしっかり成り立っていました。大企業だとどうしてもビジネス対クリエイティブ、あるいはエンジニア対デザイナーみたいな対立構造が浮かび上がってきてしまって、どっちが大事という話になりがちなんだけど、結局全部大事なんですよ。イギリスで僕のいた会社や、後に日本で設立にかかわるIDEOみたいな会社は、多様なバックグラウンドの人びとを、うまい形で受け入れてお互いを活かしあう、よいコラボレーションが成り立っていた。

さらに、クリエイティブ産業全体を見ると、デザイン会社の幅というのが圧倒的に広い。例えばサービスデザインとか、UX(User Experience)、UI(User Interface)、ブランディング、プロダクトデザイン、イノベーションコンサルとか。いろんなクリエイティブの分野がある。それぞれ専門性が高く、数も多くて広範囲に分散化されています。お互いの動きも活発で、デザイン産業全体が盛り上がっているというのがイギリスの特徴です。また、デザインカウンシルとかアートカウンシルなどがとてもしっかりしていますね。イギリスの国外にあるイギリス大使館なども、自国のクリエイティブについて強い発信力を持っています。それからシンクタンク的な存在もありますし、あとはやっぱり国自体が、優秀なデザイナーを採用してデザイン産業やクリエイティブ産業、アート産業を盛り上げるということに継続的に取り組んでいます。

そして、イギリスがもっとも得意としていることの一つが、根本的な指標作りかもしれません。プラットフォーマーや、商標、規定といった決まりごとをいち早く作るのです。多分これは彼らが歴史的に身に着けたことなのかもしれませんが、新しい概念を発信したり新しい言葉を生み出したりと、自分たちが一番手になるということに関してすごく上手。アートもデザインも最先端を行っているし、そうすると必然的に教育も最先端を行く。だから世界中から人が集まり続けるし、注目され続けるという好循環が生まれるんです。こうしたクリエイティブ産業が国にどれほどの経済的価値をもたらしているのかということは、きちんと客観的な数値でも示されています。クリエイティブの価値というものは、なかなか読み取りづらいものですが、数値化されることでデザインの価値が明確になりますし、経済におけるビジネスの成長を後押しする手段にもなっています。

石川俊祐 1977年生まれ。
英Central Saint Martinsを卒業。Panasonicデザイン社、英PDDなどを経て、IDEO Tokyoの立ち上げに参画。Design Directorとしてイノベーション事業を多数手がける。BCG Digital VenturesにてHead of Designを務めたのち、2019年、KESIKI設立。多摩美術大学TCL特任准教授、CCC新規事業創出アドバイザー、D&ADやGOOD DESIGN AWARDの審査委員なども務める。Forbes Japan「世界を変えるデザイナー39」選出。著書に『HELLO,DESIGN 日本人とデザイン』

KESIKI INC.


HELLO,DESIGN 日本人とデザイン-2019/3/5 石川俊祐 (著)

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