世界と日本におけるデザインマネジメント
八重樫 文 立命館大学経営学部教授

by twistdesign

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企業経営に大きくかかわる存在として再定義されてきている「デザイン」。不確実で曖昧な社会を受け止め、前向きなビジョンを持ってベストの解決策を見出そうとするデザイナーのマインドセット、デザイン思考がいま注目されています。第1回では、デザインの考え方を企業における組織開発や人材育成、経営戦略に浸透させることの重要性について立命館大学経営学部教授、DML(Design Management Lab)チーフプロデューサーの八重樫先生にお話しを伺いました。第2回も引き続き、ミラノ工科大学でデザインマネジメントをご研究されている八重樫先生にグローバルな視点から見た日本のビジネスマネジメントについてお話を伺いたいと思います。

―デザイン思考の世界的な広がり、その教育や研究についてご意見をお聞かせください。

2000年過ぎ、スタンフォード大学dスクール発のデザイン思考が世界を席巻しました。そして、それに対してさまざまな国の色んな人たちが、それだけではないよ、デザイナーたちはこれまでにdスクールの方法論だけに集約されない多様な考え方をしてきたんだよという主張をしはじめました。例えば、イギリスではこう、ドイツではこう、イタリアではこうというように、各国の研究機関や企業が自分たちのデザイン思考を発信しはじめた。それはある程度普遍化したデザイン思考をベースに、我々は違うとか、うちはこうやっていると追加をして改良していったものです。グローバル化は進む一方ですから、もちろんdスクール発のものは急速に広がってシェアされ、考え方のベースの一つにはなっています。ですが、またそれに何かを足し引きしたものが広がり、さらに共有されていっているというのが現状なのです。ですから、デザイン思考という考え方が、どこかの国で、際立って違っているということはほぼないと言っていいでしょう。これは、dスクールがデザイン思考を提唱する以前から、世界でデザイン思考の研究と実践が続けられてきた一つの成果とも言えます。ただ、確かに言えるのは、いま世界のデザイン思考の大きな潮流として、その目的や役割を、問題解決から新しい意味の生成(新しい社会やくらしのビジョン形成)へ捉えることに移行していることです。

このように世界のデザイン思考の考え方は均一化していますが、その中心となっているアメリカの動きだけを見るというのは、いまの世界情勢を考えると十分ではないでしょう。アメリカ以外、もちろんたくさんありますが、例えばヨーロッパの動きを見てみると、イギリスやオランダ、北欧諸国などは比較的動きがあって、日本から見ても情報が得やすい。いっぽうで、それなりの活発な動きがあるのに日本では情報が少ないところというのが、イタリアやフランスなど。私は、色々な巡り合わせがあっていまミラノで研究していますが、ミラノを研究の場に選んだ背景に、そうした地理的な要因もあります。ミラノ工科大学では、デザイン学と経営学をまたいだ学際的な研究ができる環境が整っていて、研究の内容も先端的でほかにはないものがありましたので。先ほど述べたような、問題解決から新しい意味の生成への移行に着目したデザイン思考の体系化がいち早く行われていることも、ミラノ工科大学を選んだ理由のひとつです。

ミラノ工科大学

出典:
ミラノ工科大学
あの国で留学

日本ですと、美術大学やデザイン系の学校以外でデザインについて積極的に教育・研究する場はほとんどありません。もちろん個別に教えられている先生はいますが、デザインマネジメントというくくりで体系だった教育があちこちでなされているかというと、そうではない。海外ですと、それほど規模が大きくはないまでも、デザインマネジメント、デザイン戦略やデザイン理論、デザインプロセスなどを研究的な知見から扱うところがいくつかあって、積極的な議論がなされています。

―デザイン思考をどう活用し、どう教育していくのかが、世界のそれぞれで異なるのですね。

デザイン思考が、世界のどこかにおいて際だって異なることはないですが、それを用いるフェーズであるとか、どのように用いるのかについて、地域的あるいは文化背景的に多少違いが生じるということは当然あります。

例えば、北欧に関して言えば、行政や役所の動きのなかでデザイン思考を取り入れるということが盛んに行われています。そこにあるデザイン思考の内容や方法論は、先ほど言った世界で普遍化されているデザイン思考とほぼほぼ同じ。それが活かされるフィールドが、行政や社会生活というところに特化している。一見すると目新しいように見えますが、そこで取り入れられている方法論にそれほど特徴的な違いはありません。

また、かつて旧ソ連の支配下にあったバルト三国の一つであるリトアニアでは、工科大学の基礎教育のなかでデザイン思考を取り入れています。リトアニアは独立して30年ほど経ちますが、旧ソ連時代を知らない人たちが社会の中心を担っていく時代になってきた。そのときに、ソ連時代を引きずるのではなくて、自分たちの国は一体何なのか?この先どんなアイデンティティを持って、どの方向に進んでいくべきか?というのを考えなければならないフェーズにきている。そのために、政策としてデザイン思考を教育の場に取り入れて行こうという動きが出てきているのです。これは、自分の国のアイデンティティを取り戻す…というよりも、新しく構築するために、前を向き何かを創り出すための方法論として、デザインというものに注目しているケースです。

私はリトアニアのこうした話を聞いて、ある意味で日本と状況が似ているのではないかと感じました。歴史的には全然違うコンテクストですが、国がアイデンティティや向かう方向を見失っているというところでは、類似の状況にあると言える。そこでデザインに注目し、どう活かしていくべきかという同じような課題に直面している。そう考えると、その課題に対して教育というかたちで解決を試みようとしているリトアニアや東欧諸国、旧ソ連諸国の方が、日本よりも一歩進んでいるのではないかというようにも思えますね。

―デザインマネジメント分野において、日本は、世界からどのように見られているのでしょうか?

私の研究所においての話ですが、正直なところ、取り立てて話題にしたり、日本を視野に入れて何か議論が交わされたりということはありません。もちろん、日本の現状がうまく伝わっていないということも一因としてあるでしょう。MOT、いわゆる技術マネジメント(Management of Technology)が盛んな研究所ではあるので、技術に特化した企業という捉え方で、日本企業の名前はみな知っています。しかし、いま日本で私たちが実感している、日本企業の危うさとか、直面している状況の背景までは把握されていません。日本の課題に対し、デザインの考え方をどう活かし、日本企業がこう成長したよ、日本社会はこう変わったよ、というところまで明確に結果を提示できれば、興味深いトピックとして注目されるでしょう。それを目標に、研究を進めているところです。

―世界的に成功しているグローバル企業は、デザイン思考を取り入れたことで成功したのでしょうか?

アメリカ市場のあり方や、そこからのグローバル展開の仕方といった、経営や市場に注目したときの問題解決法の土台となった考えは、いわゆるアメリカのデザイン思考でしょう。例えば、アップルやスターバックスが自社の製品やサービスをどう広めていったか、という点で、デザイン思考というものがそれを後押ししたと言えます。しかし、アップルやスターバックスなどの企業がデザイン経営だと認められたのは、このような企業の成功事例を解釈した結果の話です。デザイン思考のフレームが先にあって、それを実践したわけではない。逆にアップルやスターバックスが優勢であることをどのように説明するか、という解釈のフレームワークを作ろうとしたときに、デザイン思考やデザイン経営というものに当てはまったということ。それぞれが、独自の視点で独自の方法を行った結果である、という表現が正しいということになります。

フレームワークではないですが、成功した企業に共通して見られることがあります。それは、前回話題にあがったデザイン態度です。自己のビジョンから出発する、自分の興味を持って取り組む、五感や身体性をフル稼働させる…といった態度で、ビジネスを形にしていったということが共通しています。その意味では、これらの企業の成功例は、いま世界中でシェアされているdスクール形式のデザイン思考にそれほど当てはまらないのではないか、というのが近年の分析結果です。アメリカでもヨーロッパでも、成功している企業が持つ自分たちの提供するモノ・コトに対しての考え方やスタンスには、デザイン態度と呼ばれる能動的な姿勢が認められます。

―日本で、デザインマネジメントに成功している企業はありますか?

いま、その質問に対しリストアップされるであろう企業のほとんどが、自社が作っている“モノ”に内在するデザインの成果があるところだと思います。こんなおしゃれな家電が出ていますとか、こんなよい車を作りましたというような。これは、デザインという考えがモノの形態に内在していないと、デザイン経営の成果として評価されにくいということを意味します。でも、目に見える分かりやすい製品やサービスを生み出していない企業、デザインのアウトプット…要は見た目のアウトプット以外でデザインの考え方が生きている企業も日本にはあるはずなんです。そういう企業がたくさんリストアップされるようになってくることが、デザイン経営というものが真に浸透したということの証になるのではないでしょうか。

デザインマネジメントがうまくいっている会社というと、当然経営がうまくいっている会社がリストアップされてきますが、それをそのままデザイン経営の評価として捉えてよいかというと、やや疑問も残ります。デザイン経営の成果というより、単にそれは経営がうまくいっているだけではないか、とも考えられる。アウトプットの評価もよく、経営的な戦略もうまくいって業績が上がった。じゃあこれがデザイン経営の成功例か、というと、その判断は簡単には出来ない部分があるのです。私は、デザイン経営が成功している、またはデザイン経営している可能性がある企業というのは、本質的にはまだリストアップできないと思っています。これは、前回お話した、組織においてデザイン態度を持った人材を見つけられていないのと似た現象と言えるでしょう。

―最後に、ビジネスや経営におけるデザインの意味、そして日本のこれからについて教えてください。

世界的に共通していることですが、これまでは問題や課題がある程度社会で共有化されており、それに対してどのような解決策を示すべきかについては、分析的な、ある種の科学的なアプローチをとれば対処できました。ところが、いまは社会全体がどうなるのか分からない、技術的な動きや開発もどの方向に向かえばいいのか予測できない時代。これは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとり、VUCA(ブーカ)ワールドと呼ばれています。こうした変化が激しく複雑化したVUCAワールドで、ビジネスに対してどのような態度やマインドセットでのぞめばいいか、アプローチとして何が有効かと考えたときに、選択肢の一つとして注目されているのがデザインです。

WACAワールド

日本は世界でもトップクラスの科学技術力と生産技術力を持ちながらも、マネジメント不足によってグローバルな競争に勝てず、企業経営や社会が失速しているという現状があります。技術は、漸進的に少しずつ進んでいくことが圧倒的に多い。そうすると、どうしてもそこに意味というものが失われてくる可能性がある。特に新しい技術は、まだ社会的な意味を持っていないことの方が多いでしょう。より早く、より処理能力の高いものをと、時間をかけて開発を進める過程で、果たしてこれは一体何なのか、何のためかという意味が抜け落ちてしまう。そうした形骸化した技術にきちんと意味を与えるというのが、デザインが果たす一番大きな役割ではないでしょうか。これまでの考え方や物差しにとらわれず、新しいビジョンをもって進めなければならない場面において、デザインというものに注目する意義は大いにあるはずです。

これから日本を背負っていく若い世代には、現状に危機感を持って、デザイン態度やデザイン思考を理解しようという意識の高い人がたくさんいます。いま、そういう企業の人や学生たちにデザインをしっかり理解してもらうところにコストと努力を費やしておけば、あと数年後には社会はだいぶ変わるのではないでしょうか。そのなかには、10年後に会社を動かす人たちがたくさんいるはずなので、個人的にはそんなに日本の将来を悲観する必要はないと思っています。そしてさらに、義務教育の段階や家庭などにおいても、デザインにかかわる態度や感覚が自然と育めるような環境が整った社会であってほしいですね。デザインが日常から切り離された特別なものではなく、日常的に身近にあるという感覚を持つことで、未来はよりよく変わっていくのではないかと思っています。

八重樫 文[Yaegashi Kazaru]
立命館大学経営学部教授、ミラノ工科大学客員研究員。
専門はデザイン論、デザインマネジメント論。
デザイン学と経営学をまたぐ、学際的な研究に従事している。
著書に『デザインマネジメント論』、訳書に『突破するデザイン』など。


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八重樫文(著),安藤拓生(著)


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八重樫文(著),後藤智(著),安藤拓生(著)

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