「デザイン」を経営に活かすデザインマネジメント
八重樫 文 立命館大学経営学部教授

by twistdesign

いま、「デザイン」は、プロダクトやグラフィックに対してだけではなく、企業経営に大きくかかわる存在として再定義されてきています。常にユーザー視点でものを考えるデザイナーやクリエイターの思考モデルである「デザイン思考」の有益性を理解し、企業価値向上のためにデザインを経営の中核に据える「デザイン経営(デザインマネジメント)」を実践する企業も増加しました。しかし、広く全体を見れば、これらのモデルの浸透・定着が十分だとは言い切れないのが現状。その効果を実感できなかったり、そもそも認知が十分でなかったりする企業が大半であるという調査結果も出ています。そこで、立命館大学経営学部教授で、DML(Design Management Lab)チーフプロデューサーも務める八重樫先生に、デザインマネジメントの意味するところと、その実践についてお話を伺いました。

―先生はデザインマネジメントをご研究されているのですね。

立命館大学経営学部に籍をおき、いまはミラノ工科大学で経営工学や技術マネジメント、そしてデザインの研究を行っています。立命館大学では、2010年にDML(Design Management Lab)というプロジェクトを立ち上げました。

これまで、経営学の講義でデザインマネジメントを題材に取り上げることはありましたし、企業のデザイン部署のマネージャークラスの方や経営を担う役員クラスの人を呼んで、彼らの経験を学生に伝えるという教育はすでにありました。しかしデザインマネジメントという分野をしっかり把握して、アカデミックな知見から研究を行う大学または教育機関というのはほぼなかった。そうなると、ある種ドメスティックな話しか共有されない。ドメスティックというのは、日本国内という意味と、ある特定の形態の企業のみという意味においてです。それでは教育機関としては魅力が少ないと思って、海外におけるデザインマネジメントを考察し、きちんと研究分野として日本で体系的に学ぶ場所を目指したというのがはじまりです。

21世紀に入って、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEO社によって提唱され、スタンフォード大学d.schoolを中心に実践されるデザイン思考(design thinking)が世界に広がり始めました。日本もその影響を受け、ビジネスに活かせるデザイン思考=d.school発信のものという認識が広まっています。ただ、それは1つの考え方であって、唯一のものではない。このまま日本にアメリカ型のデザイン思考が定着してしまうと、非常に偏った考え方しかなくなってしまう。デザインマネジメントを研究している身としては、それだけではないということを積極的に言っていかなくてはならないと思いました。

―これからの時代に求められるデザインマネジメントとは何なのでしょうか。

デザインマネジメントの解釈は、大きく2つあります。
1つは、企業や組織のなかで、どのようにモノやサービスをデザインしていくのか?というマネジメント。いわゆる、デザインプロセスのマネジメントです。何かアウトプットとして形にする対象があって、それをどのように構想し、作って、完成させていくのか。マーケティング、物流や広告までを含め、モノを売るための全体戦略のなかのデザインをどのようにマネジメントしていくのか、という考え方です。ただしこれは、モノやサービスをどう効率化していくのか?イノベーションやブランディングにデザインの考え方をどう活かすのか?といったかなり限定的な意味合いにとどまっています。

もう1つは、“デザインに特有の考え方”を持って企業や組織をマネジメント、経営していくという考えのこと。つまり、デザインの考え方を組織マネジメントに活かすということです。これは、ビジネスや経営におけるデザインの本質的な部分と言えます。いまのビジネス環境や社会状況においてデザインが本当に役立つというのは、デザインの考え方を持った人たちが、その考え方で経営をしていけるようになるということです。1つ目に挙げたような、全体戦略のなかの部分的な一要素としてのデザインをどうマネジメントするとかというのは、まだ駆け出しの前半部分でしかありません。大切なのは、デザインの考え方を企業のなかの組織開発や人材育成、経営戦略に浸透させるということ。そういうところまでいかないと、デザインを経営に活かすということの本質的なところまでは達成できないのではないかと思っています。

―“デザインに特有の考え方”というのはどういうことでしょうか。

これまでのビジネスにおいて一般的だった、マネジメントにおける意思決定の手法や態度をディシジョン・アチチュード(Decision Attitude)とか、マネジメント態度などと呼びます。これに対して、デザイナーがデザインするプロセスやフェーズにおいてみせる姿勢や態度をあらわす概念として、デザイン・アチチュード(Design Attitude)、いわゆるデザイン態度というものがあります。これはつまり、デザインに特有の考え方のことを指しますが、このデザイン態度が、マネジメント態度とどのように違うのかということをいま分析しているところです。

まず、マネジメント態度というのは、合理的な思考を求めます。それは、組織としての合理性です。多数の人がかかわる組織としての合理を求めるので、その説明責任として厳格性や整合性のようなものが必要とされたという背景があります。アプローチとしては、これまでに有効だった方法論やこれまでに成功してきた事例を参照して、その方法を現状の問題に適用し問題解決をはかる。これは、すでに与えられた選択肢が存在していて、問題のフレームが確定しているときには有効な考え方ですが、これからの新しいモノやコトに対してはうまくはまらない。問題解決の仕方を既存の選択肢から選ぶという受動的なアクションがメインなので、そこに新しい選択肢を加えることを発想できないのです。これに対して、デザイナーやクリエイターがクライアントや自分が取り組むべき課題に対してどのように思考するのかというと、既存の方法にはあまりこだわらない。問題に対してどのようなアプローチがあり得るのかというのを、既存の方法を含めて、新しい方法を視野に入れて考えるのです。既存の選択肢から最適なものを選ぶというマネジメント態度に対して、今ある選択肢以外に別の選択肢があるかどうかを思考するのがデザイン態度の最も特徴的なところ。別の選択肢というのは当然不確実なわけですから、目の前にある問題やプロジェクトそのものを再定義しなければいけない。状況を変化させ、組織やステークホルダーにとって望ましい状況をつくりだすために何をどう選択するのか、不確実であり、不確定なところに対してどのようにアプローチするのか、というマインドセットをデザイナーは持っているのです。

それから、デザイン態度においては五感や身体性というものを常に働かせています。マネジメント態度では、視覚や聴覚がメイン。とくに目に見えるもの、視覚的な部分は合理性、論理性につながるので、例えば文章表現や数字の並んだ文書などが重視される傾向にあります。デザイン態度は、五感や身体性を用いてものごとを判断する、非言語コミュニケーションなど定型化されていない情報を読みとるなど、何か思考したり問題に取り組んだりするときに、あらゆる感覚を使うベクトルを持ちあわせています。

そして、常に誠実です。誠実というのは真面目ということ。ビジネスにおいて与えられた問題としてだけではなく、その問題を解決することが、この先の社会のあるべき姿に本当に貢献しているかどうか、自分が取り組むべきビジョンに合致しているかどうかを問う。だから、仕事で倫理的におかしいと思われることに対してはNOという感覚を持っています。

新しい意味を問うことも特徴の1つです。過去にこだわらず、新しい選択肢を思考するところにもあらわれていますが、これまでの慣習や定説通りに進めれば有効だという考え方をしないため、問題を再定義し、ものごとに何か新しい意味を問うことに前向きです。新しい時代、新しい世界を見据え、あるべき方向性を問う。そのために意味というものに注目する。こうした思考がデザイン態度の特徴として分析されています。

最後に、少し説明が難しいのですが、楽しくあるということも興味深い点です。新しいものごとに息を吹き込むことに、遊び心や楽しさを見出せるところ。これはこれまで挙げた他の特徴と繋がります。五感を用いて新しい意味を見出すこと、要はいろんな角度からものごとを解釈するという場面において、興味や遊び心をもって取り組める。自分で積極的に興味を持って取り組むのは、楽しさにもとづいています。なぜそれをするか?という問いに対し、ワクワクするから、という答えが返ってくる。自分の興味や楽しさを原動力に、遊び心を持って新しい意味を見出せる。そういった特徴があるのです。

不確実で曖昧な状況を正面から受け止め、ビジョンをもって楽しみながらベストの解決策を見出すこうしたデザイナーのマインドセット。この能動的な姿勢が、いまの急速に変化するビジネスシーンに活かせる可能性が高いということを、いま研究で明らかにしようとしています。

―デザイン態度は育成できるものなのですか?

デザイン態度については、すでにデザイナーという肩書を持っている人やデザインというプロセスにかかわってきた人たちの態度分析から見えてきているものです。そのため、「デザイナーの態度である」という表現はある正しさを持っていますが、その態度が本当にデザイナーのなかにしかないのか、という点は検証中という段階です。いま私が進めている研究で、職種や業種を問わず一般のビジネスパーソンがデザイン態度をどのくらい持っているのか?それは個人に内在しているのか?デザイナーだから持っているのか?というのを検証していて、少しずつ結果が出てきたところです。おそらくですが、これは個人によるところが大きい。デザイナー的な思考を持った人、持っていない人がいるなかで、持った人でもデザイナーではない人が出てくると思います。その人が、どんな仕事をしていて、どんなパフォーマンスをあげているのかまで研究していくことが今後の課題とも言えます。

デザイン態度を持ったデザイナーが、それを活かしてデザインという業務に従事し活躍しているわけですが、もし仮にそれが、人が一般に持っている個人の志向性によるものなのであれば、デザインを持った一般のビジネスパーソンも多くいる可能性があります。そして、それが仕事に活かされていないのだとしたら、非常にもったいない状態だということが分かる。ビジネスとして、業務のなかで、その人をうまく使えていないということになるでしょう。そうした状況を明らかにし、社内の人材評価をする指標のようなものを作り出せれば、デザイン的な考え方ができる人達がもっと能力を活かして仕事を進めるということをフォローアップできる可能性が高い。そうすると、どのようにデザイン態度を育成していくのかという課題に対して、新しいアプローチがとれるのではないかと考えています。

私は、「デザインマインドやデザイン態度をもった人をどのように育成すべきか」という問いに対する「いわゆる美大のデザイン教育を参考にして、社員にデザイン教育をすればよい」という答えに違和感を覚えていました。もしデザイン態度というものが、特別な教育によって養われる要素というより個人の志向性や性格に影響を受けるものなのであれば、人材を見極めてより能力が生かせる仕事とマッチさせることこそが企業組織のなかでデザインマネジメントを成功させるカギとなり得るのではと考えます。ではそういう人をどのように導くのか、どう指標化してフィルタリングするのか、ということをいま進めているところです。

―人材を見出すことが、組織にデザイン思考を導入する方法の1つということでしょうか。

デザイナーのような、デザインの考え方ができる人を組織に連れてくるということは、解決策として1つあり得る話ですが、考え方の基本として、デザイン的な考え方ができる人が組織にすでにいると思ったほうがよいのではないでしょうか。ただ、それを見つけられていないという状況をまず認識する。何か新しい取り組みを実現させたいとき、外から大きな影響を及ぼす何かを新たに導入することばかりを考えず、組織のマネジメント的な観点で、内部の適材適所をはかることが有効な手段となることもあります。

デザイン経営やデザイン思考というのが、いままでにない新しいワードだという認識を持ってしまうと、組織のなかやこれまでのことがよく見えなくなってしまいます。デザインには歴史があって、突然発生してきたものでも当然ないし、デザイナーも昔からいたわけで。全知全能の特別な何か、自分たちのなかにはないものだという考えを先に持つのではなく、この考え方を経営に活かせないだろうかといまの組織のなかをまず見てみることから始まるべきです。実際、外ばかり見てしまっているケースが多いように感じます。新しい人を連れてこなきゃいけないとか、難しい話を聞きにいかなければならない、といった話になってしまう。そうではなく、なかを新しい観点で見て、組織づくりという部分で、見直す部分があるということに気づけるかどうかというところが、デザインマネジメントを成功させる大きなターニングポイントなんじゃないかなと思っています。

八重樫 文[Yaegashi Kazaru]
立命館大学経営学部教授、ミラノ工科大学客員研究員。
専門はデザイン論、デザインマネジメント論。
デザイン学と経営学をまたぐ、学際的な研究に従事している。
著書に『デザインマネジメント論』、訳書に『突破するデザイン』など。


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八重樫文(著),安藤拓生(著)


デザインマネジメント研究の潮流2010-2019(日本語)単行本(ソフトカバー)-2019/9/8
八重樫文(著),後藤智(著),安藤拓生(著)

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