フィン・ユールはなぜ近代家具デザインの代表者なのか?デンマーク家具史に残る独創的作品

by ryo.animal

フィン・ユール(1912-1989)はデンマークのデザイナーの中でも、独自の発想と世界観で美しい家具をデザインした人物です。北欧家具のファンであれば1度は聞くその名前は、デンマークの「近代家具デザインの代表者」として歴史に刻まれています。

ユール作品の魅力は、”優雅な曲線と考え抜かれた完成美”。現在ユールの作品は年々価値が上がり、ビンテージマニアの間では垂涎の的です。そしてデンマークのワンコレクションやフランス&サンからは現行品が販売され続け、今なお世界中の人々から愛されています。

しかし同年代に多くの巨匠がいる中で、なぜユールが「近代家具デザインの代表者」と呼ばれているのでしょうか?今回はその理由を彼の生涯をたどりながら探っていきたいと思います。

 

●幼少期から培われた美術的感覚

出典:Pinterest

1912年、フィン・ユールはコペンハーゲンに隣接するフレデシア地区に生まれました。同年代の生まれにはデンマーク家具デザインの巨匠、ハンス J・ウェグナーやボーエ・モーエンセンがいます。織物卸売業を営む父のもとで比較的裕福な家庭で育ちました。

若い頃から美術史に興味あり、さまざまな美術品に触れていく中で、独自の美的感覚を養っていったといわれています。そして将来は美術史家になりたいと考えるようになりました。しかし父親の反対にあい、18歳でデンマーク王立芸術アカデミーの建築科に入学します。

 

●常識や困難に負けず自らの理想を追求

その頃の王立芸術アカデミーは、コーア・クリントが家具デザインの教育を主導していました。コーア・クリントは「デンマーク近代デザインの父」とも呼ばれる人物です。当時はクリントのデザイン方法論こそがデンマーク近代家具の正統派であるという風潮でした。ハンス J・ウェグナーやボーエ・モーエンセンもクリント派を継承する手法を用い、機能美にあふれた大量生産型の家具で成功を収めています。

しかしユールはクリントの「最良の家具はクラシックなイギリス家具か、イギリス家具の影響を受けた中国家具である」という言葉に反発を覚え、建築を勉強しながらも独自の発想で家具デザインを追求していくのです。このクリントのデザイン方法論への対抗意識こそがユールの既成概念にとらわれない、独自の美しさの開花につながったといえます。

その後、王立芸術アカデミー在学中の1934年、当時デンマークの建築業界のトップであったヴィルヘルム・ラウリッツェンの事務所に就職しました。世間は世界恐慌で不況の嵐であったにもかかわらず、ラウリッツェン事務所は仕事であふれ、ユールは王立芸術アカデミーを中退して仕事に専念することに。ここではカストラップ(コペンハーゲン)空港やラジオハウスなどの設計に携わっています。

 

●家具職人の巨匠、ニールス・ヴォッダーとの出会い

出典:Pinterest ペリカンチェア

ユールは25歳の時にキャビネットメーカーズギルド展に初出展しました。この時に友人の紹介で出会ったのがスネーカーマスター(技を極めた家具職人に与えられる最高位)のニールス・ヴォッダーです。もともと建築家であったユールは家具の製作技術はなく、彼の奇抜な造形を再現できる、ヴォッダーの優れた技術力は必要不可欠のものとなりました。そしてユールの良き理解者となったヴォッダーは、1959年までユールの共同制作者となったのです。この2人のコンビネーションによって、多くの名作家具が誕生することになります。

この頃の作品「ペリカンチェア」は初期の名作です。まるでペリカンが翼を広げたようなユニークな造形。すでにユール家具の特徴「有機的な曲線と彫刻的な造形を多用することで作り出される優雅で気品のある家具」が表現されています。美しい曲線で有名なユール作品の中でも、これは最も曲線にこだわった椅子ではないでしょうか。座るとペリカンの翼が優しく包み込んでくれ、イスでありながらソファのような居心地の良さと安らぎをあたえてくれます。

また1942年に建てた自身の邸宅は、建物・家具・カトラリーにいたるまで全てデザインを手掛け、自身で「総合芸術作品」と絶賛したほど渾身の作品です。室内の色使いや採光方法、家具の配置など全てが当時では斬新でした。しかしユールのインテリアを取り入れる人々は増え続け、現在ではデンマークのモダンインテリアの主流となっています。

このようにすばらしい作品を発表し始めたユールでしたが、その一見斬新なデザインは当初デンマークにおいてなかなか理解されませんでした。”主流”とは違う彼独自のアプローチは周囲からの反発を招き、揶揄の対象ともなってしまったのです。

1949年に自宅用の安楽イスとしてデザインした「チーフティンチェア(首長の椅子)」は、オープニングセレモニーの際にデンマーク国王フレデリク9世が座ったことで有名です。しかし、それを見たノルウェーの建築家オッド・ブロックマンからは「ラケットに引っかかった4つのオムレツ」と酷評されました。

そんな批判にも負けず、自らの理想を追求し続けるユールを見たヴォッダーは「いつの日か誰もがフィン・ユールを追いかけるであろう」と言ったそうです。

 

●世界で最も美しいアームを持つチェア

出典:Pinterest No.45 イージーチェア

1945年、ラウリッツェン事務所を退所したユールは、コペンハーゲンのニュータウンに事務所を設立します。その最初の作品がユールの代表作「No.45」です。このイスは1949年にキャビネットメーカーズギルド展で披露されました。「世界で最も美しいアームを持つ椅子」といわれた名作です。

つややかに磨き上げられた無垢材が描く、有機的な曲線のフォルムは優雅そのもの。肘掛けの先端が高くせり出している様子は、厳格な風格を感じさせます。またシート部分は、フレームから浮いているかのように見える彫刻的な造形。「どの角度から見ても美しい椅子」ともいわれました。

ユールが「家具の彫刻家」と呼ばれた理由がうかがえる、芸術的な作品です。しかし優れているのはデザインだけではありません。傾斜をもたせた広いシートは安定感のあるゆったりとした座り心地を生み出し、「座るともう立ち上がれない心地よさ」と機能性も高く評価されています。

 

●アメリカにおける成功

出典:Pinterest

ユールが最初に評価されたのはデンマーク国内ではなくアメリカでした。1950年代前半頃からアメリカでのデザイン活動を精力的に始めたユールは、次第にアメリカで名をあげていきます。

それからニューヨーク国連ビル会議室のインテリアデザインを手掛けたことを契機に、ユールは世界的な名声を得ます。そして1954年から57年にかけて北米を巡回した「Desgin in Scandinavia」展ではデンマークの展示エリアのデザインを担当。デニッシュモダンとして一世を風靡したデンマークデザインをアメリカ・カナダに向けて広く紹介することに貢献しました。

そしてアメリカではさまざまな出会いを経験します。ニューヨーク近代美術館のキュレーターであり、建築史家でもあったエドガー・カウフマンJr.とは美的価値感が一致したこともあり、固い友情で結ばれました。彼のサポートによって、ユールはウェグナーと並んでデンマークを代表するデザイナーとして、アメリカで広く知られるようになったのです。またミッドセンチュリー期アメリカのデザイナーとして有名なチャールズ・イームズからはとても刺激を受け、作品にも影響が出ています。

そうして国際的に活躍するようになったユールは、次第にデンマーク国内からも評価されるようになりました。その頃からインテリアデザインの仕事が多くなっていきます。スカンジナビア航空の営業所のインテリアや旅客機DC-8の内装デザインなど、世界を股に掛けた仕事も請け負っています。

時代の流れによって、ハンドクラフトの物だけでなく、量産家具という機械加工を前提としたデザインも提供する機会が増えていきました。それでもつねに彼独自の美的感覚が活かされた、すばらしい作品を作り続けていったのです。

椅子だけでなく、ユニークで美しいテーブルやキャビネット、木製ボールやトレイなども手掛けています。1961年にキャビネットメーカーズギルド展に出品されたカラフルなダブルチェストは、ルートヴィ・ポントピダンの製作で、自宅の寝室にも使用していました。

そのように精力的にデザインをし続けたユールでしたが、60年代後半になりデンマーク家具デザインの黄金期が過ぎると、表舞台に出ることはなくなりました。そして創作の最大の理解者であった夫人とともにオードロップの自宅で静かに余生を過ごし、1989年に77歳の人生に幕をおろしたのです。

 

●まとめ

出典:Pinterest フィン・ユール邸

デンマーク家具デザインの黄金期に目覚ましく活躍したフィン・ユール。周りからどんな批評を受けようと自身の理想を追求し続けたからこそ、数々の名作が誕生しました。それらのデザインは今なお人々を魅了してやみません。

ユールの作品は現在100万円を超えるようなものもありますが、それはただの「家具」という範疇を超え、「芸術品」だからこその値段なのでしょう。

逆行の中においてもひるまずに自身の理想を追求し、新しいデザインを開拓していったユールはまさに「近代家具デザインの代表者」であるといえるのではないでしょうか。

現在ユールの作品は、主にデンマークのワンコレクションが復刻生産のライセンスを持ち、現行品が販売されています。また、日本の岐阜県高山市には北欧家具をあつかうキタニ主催の「Finn Juhl Art Museum」にてフィン・ユール邸が公開されています。みなさんも機会があったら「フィン・ユールの世界」に触れてみて下さい。

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